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こんなはずじゃなかった

 

2017年8月30日

蓮 文句

「こんなはずじゃなかった。」「こんなことになるなら、ああするんじゃなかった。」皆さん、誰でもそう思うことがあるでしょう。まあ、一言でいえば後悔でしょうか。当然、あまり気持ちの良いものではありませんし、時によっては病的になることもあるかもしれません。しかし、これは私たちには極自然な現象の一つのようですし、予防するとか無理やり否定しようというのも現実的ではなさそうです。兎に角、ここで少し考えてみるのも悪くはないと思います。

後悔は、一般に過去の自分の行動が現在の理想にそぐわないと思った時に起こるものです。あらかじめ選択肢がわかっていた場合とそうでない場合があるかもしれません。いずれにしても、根底にあるのは、理想と現実のギャップのようです。

まず、現在の理想というものがどこから来るのか少し考えて見たいと思います。やりがいのある仕事をして、高給をとり、理解のある配偶者と大きな家に住み、優秀な子供をもち、自由気ままで安泰な老後を送る。皆さんは、そのような理想を持っているのでしょうか。そのような理想はどこから来たのですか。自分で構築したものでしょうか。現代社会の賜物でしょうか。それとも、なんとはなしに浮かび上がってきたものでしょうか。現実的でしょうか。私たちが本当に納得できるようなことをした時、それは理想に合致していたからでしょうか。それとも、何か自分の天性を全うしつつあるからでしょうか。というわけで、すこし、理想というものを真剣に考え直してみることが必要ではないでしょうか。ことによると、理想などというものは人生における弊害であるだけかもしれません。

そして、後悔が理想と現実のギャップから生じるとすれば、私たちの現実を把握する能力についても再検討してみる必要がありそうです。ある研究結果によると、大学教員の94%の人が学生から見た自分の評価が平均以上であると思っていたそうです。当然、大変おかしな話で、その人たちが自分の評価を正確に把握していれば出てこない結果です。これは単なる一例ですが、一般に私たちは現実をそれほど正確に把握していないというのが実情だと思います。どうしたらよいでしょうか。現実を真剣に自分の五感・六感のみに頼って把握するようにしたらどうでしょうか。

もし、私たちが理想と現実を見る目を磨き、表面的なギャップに惑わされることを躊躇できるならば、後悔の件数はずっと減るのではないでしょうか。